影送りの村

昔々、日本のどこかに「影送りの村」と呼ばれる小さな村があった。この村には奇妙な風習があり、外部の人々にはその理由が謎に包まれていた。

村は山深い場所に位置し、人口はわずか数百人。村人たちは長い年月をかけて独自の風習と信仰を育んできた。その中でも最も不思議で不気味な風習が「影送り」という儀式だった。

毎年、秋分の日の夕方、村人たちは一斉に村の中心にある広場に集まる。広場の中央には古い石の祭壇があり、その周りには幾何学模様が描かれていた。この模様は代々受け継がれてきたもので、村人たちにとっては神聖なものであった。

日が沈む直前、村の長老が静かに現れ、祭壇の前に立つ。長老は木の杖を持ち、低い声で古い言葉を唱え始める。その声はまるで風の囁きのようであり、村全体に響き渡る。村人たちは一心に長老の声を聞きながら、静かに立っていた。

長老の呪文が終わると、村人たちは一斉に自分の影を見つめる。彼らは影に向かって深くお辞儀をし、影送りの儀式を始めるのだ。影送りとは、自分の影を特定の方向に送り出すことで、自分の魂を清めるという意味があるとされていた。

村人たちは広場から徐々に離れ、影を引きずりながら歩いていく。影は徐々に薄れ、まるで村人たちの身体から離れていくかのように見える。その様子は、まるで影が意志を持って自ら歩いているかのようだった。

影送りが終わると、村人たちは再び広場に戻り、今度は影のない自分たちの姿を確認する。影が消えることは、彼らにとって魂が浄化された証であり、悪霊や悪運を払うための重要な儀式だった。

しかし、この風習には恐ろしい裏話が存在していた。村の伝説によれば、影送りが成功しない場合、つまり影が消えない場合、その人は呪われると言われていた。呪われた者は、その年のうちに必ず不幸な死を遂げるというのだ。

ある年、都会から一人の若者がこの村を訪れた。彼はジャーナリストであり、この奇妙な風習についての記事を書こうとしていた。村人たちは彼を歓迎し、影送りの儀式について詳しく教えた。

秋分の日、若者は村人たちと共に広場に集まり、影送りの儀式を観察した。彼はその不思議な光景に興味を引かれながらも、どこか不安な気持ちを抱いていた。儀式が進む中で、若者は自分の影が薄れていく様子を見て、恐怖を感じ始めた。

儀式が終わり、村人たちは影のない自分たちの姿を確認した。しかし、若者の影だけは消えなかった。彼はパニックに陥り、村人たちに助けを求めたが、村人たちは冷たく彼を見つめるだけだった。

その夜、若者は村の外れにある古い小屋で眠ることにした。しかし、夜が更けるにつれて、彼の周りで奇妙な現象が起こり始めた。風が強く吹き、小屋の窓や扉が激しく揺れた。彼は影に呪われたのではないかと恐れ、眠れぬまま夜を過ごした。

翌朝、村人たちが若者の小屋を訪れると、彼は既に息絶えていた。その顔には恐怖の表情が浮かんでおり、彼の影だけが小屋の壁に濃く映し出されていた。

村人たちは静かに彼の遺体を片付け、再び日常に戻った。影送りの儀式は続けられ、村人たちは毎年秋分の日に広場に集まり、影を送り出すことで自らの魂を清め続けた。

この出来事は村の外に伝わることはなかったが、影送りの村に訪れる者は少なくなった。そして村人たちは今もなお、影送りの風習を守り続けている。影送りの儀式が成功する限り、村は平穏であり続けると信じられている。

もしあなたがこの村を訪れることがあれば、秋分の日の影送りの儀式に参加してみるのも一興かもしれません。ただし、自分の影が消えない場合には、慎重に行動することをお勧めします。村人たちの言い伝えを信じるかどうかは、あなた次第です。